2011年3月15日

手術翌日

ツマと病院へ。8:55、ICUで面会。娘はたまごっちのビテオを見ていた。医師より、昨日の早い段階で人工呼吸器はとれ、多少熱はあるが経過は順調と説明された。朝食は、好きなものではなかったようであまり食べなかったとのこと。何が好きときいたらほうれんそうと答えたそう。おしっこの管がついていたが、とってもらった。9:30に病室に戻る。おなかが痛いとしきりにいう。ドレーン(心臓のまわりの血を抜く管)が痛いらしい。熱は38℃。氷枕で冷やす。水分制限は食事のスープも含めて1日一リットル。飲む前と飲んだ残りを量って飲んだ量を計測。おしっこの量も量る。飲みたくない場合も制限量まで飲んだほうがいいそうで、これは心臓のむくみをとることが目的とのこと。ドレーンがついている間は、トイレもおまるをベットに置いて寝たままする。起き上がったりするのは構わないが、ドレーンが痛くてあまり動けないらしい。本を読んだりいろいろ気をまぎらわしていたけど、やっぱり痛いようで痛み止めを飲んだ。ごはんは昼も夜もあまり食べない。昨日ICUにいる間に泣いちゃった。よくわかんないけど涙がぽろぽろ出てきたと言っていた。となりは赤ちゃんがいたそう。自分は18:15頃に病院を出た。

2011年3月14日

手術当日

当日。母と一緒に病院へ。6:30に着いた。母と少し遊べた。娘はなんとなくテンションが高い。7:00眠り薬を飲むが、効果なし。テレビを見て少し落ち着く。執刀医が病室にきたので、停電に関する不安を伝えた。停電はないと話した後、一度戻り、その理由を確認してきてくれた。これで安心した。8:40、看護士が迎えに来て、ストレッチャーに乗って、病室を出る。片手ずつ両方の手をパパ・ママとつないで笑っていた。エレベーターに向かう扉のまえでお別れ。看護士さんに何か話しかけていた。我々は手術室の前の待合室で待機。10:00、看護士が出てくる。何かと思ったら術後ベットで拘束をする場合の同意書に署名をしてくれと。署名中にも地震。10:30、鴨川のおじいちゃんおばあちゃんが到着。渋滞していたらしい。10:50、手術終了。執刀医より説明。無事終わりました。輸血もありません。とのこと。ICUで面会。麻酔の先生より、いい子でした。麻酔は注射からではなくりんごの香りから先にしました。人工呼吸器は14:00-15:00にははずれるでしょう。とのこと。12:00まで待機した後、病院内のレストランでツマと母と食事。3人で帰宅。

2011年3月13日

手術前日

手術の前日。地元の富岡八幡宮にお参り。手術の成功に加えて地震が収まることを祈願した。その後、病院へ。レジのおもちゃなどで遊ぶ。昨日、夢中になって遊んでたそうで、今日はパパがきたらパパとやるといっていたらしい。病院の食事は好きなものがないといってあまり食べないが、この日の夕食は、とんかつなど好きなものばかりで、よろこんで食べた。20時帰宅。計画停電の話を母から聞く。調べてみると、病院は計画停電の地域で、手術の真っ最中がその時間になっている。どうなるのか心配していたら、22:30にツマから手術時間変更のしらせが。23:15、ふたたび元どおりの時間でやると訂正。大丈夫なの?人工呼吸器は停電してもなんとかなるらしいが、人工心肺はアウトらしいし。ばたばたして、医者は浮き足立ったりしないのか。こんなときに手術しなくてもよかったんじゃないか。ただでさえ眠れないと思ってたけど、眠れないこと確定。

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